あの後連れ帰ったは良いが、流石に町の中でドラゴンを連れて歩くには無理があったので、切なげに啼くドラゴンに「朝になったらすぐ来るから大人しく待っててくれな?」とルーネスが宥め、カナーンの町外れにある高台にその身を隠した。 そこは綺麗な水も湧き出ており、樹木も生い茂っているので、簡単には見つからないと考えたのだ。
一夜明け、朝食に出されたパンと果物、干し肉やチーズを持って高台を訪れると、子ドラゴンが私達の気配を感じ取ったのか木陰から出てきて真っ直ぐにルーネスの胸に飛び込んだ。 彼が頭を撫でてやると、安心したのかキィと一声啼いて離れる。 次に私の方に来たかと思えば頬を一舐めしてからアルクゥの方へ行って甘え、最後にレフィアに撫でて貰って満足したのか地面に降り立った。

「この子って本当にまだ子供なのね。 甘えん坊さん。」
「早くお母さんに会わせてあげたいなぁ。 ちょっと怖い気もするけど。」
「取って食われるかもーって思ってるのか?」
「ふむ、無いとも言い切れんが。 相手はドラゴンだからな。」
「真面目な顔して答えるなよ!! アルクゥが青ざめてるだろ!!」

実際その危険も考えられる。 もし母ドラゴンが我が子を連れ去った犯人と私達を認識したら、情け容赦なく切り裂かれる事だろう。
静まりかえってしまった空気を吹き飛ばすように、きゅるるる〜、と誰かの腹の虫が騒々しく『飯を食わせろ』と訴えた。

「・・・私じゃないわよ?」
「・・・僕も違うよ。」
「・・・私もだ。」
「・・・オレだって違うからな。」

残った1人の方を全員同時に見ると、存在を強調するかのように再び腹の虫が鳴った。 どうやら随分腹を空かせていたようだ。 苦笑いしながら、私達も子ドラゴンと共に少々遅めの朝食を頂くことにした。
子ドラゴンは果物などにも馴染みが無かったのか自分から食物に口を付ける気配が無かったが、ルーネスが赤く熟れた林檎を手渡してやると、しゃくしゃくと良い音を立てながら頬張っている。 あっと言う間に1個を平らげ、次の林檎をくれと強請り始めた。 余程林檎の味が気に入ったのか干し肉やパンには目もくれず、そればかりを食べている。

「お前、林檎好きなんだなぁ。 もっと貰って来れば良かったかな?」

子ドラゴンに林檎を食べさせているルーネスの眼差しは暖かい。 面倒を見てやりながら、自身のパンにチーズを乗せて口に運んでいる。 まるで母と子のような錯覚さえ起こさせる光景だ。
ふと、それまで黙々とパンを咀嚼していたパーティーの紅一点が、ぽつりと呟いた。

「ねぇ、この子に名前つけてあげない?」

あまりにも突然だったので、皆の動きがピタリと止まる。 私達の不思議な動作に子ドラゴンまでもが首を傾げて林檎を食べるのを止めてしまった。
いや、確かに名前が無いのは不便だが、いざ名前をつけてしまうと情が移ってしまって離れがたくなるのではないだろうか。 まして犬やネコ、チョコボとは全く違う。
私の心配を余所に、幼馴染みコンビがレフィアの意見に賛成し、ああだのこうだのと食事の席を賑わし始めた。 こうなってしまっては私の出る幕は無いのだ。 ・・・頭が痛い。

「僕は強そうな名前が良いと思うんだけど・・・」
「こんなに可愛いんだし、可愛らしい名前でも良いと思うわ。」
「似合ってる名前だったら何でもよくないか?」

珍しくアルクゥとレフィアが対立しているようだ。 ルーネスは特にこだわりが無いらしい。

「なーなーイングズはどう思う??」
「名前か・・・?」

腕組みをして過去の記憶を呼び覚ます。 以前、最強と謳われるドラゴンの書物を目にした事があったはずだ。
あれは確か・・・そうだ。

「この世界のどこかに、竜王と呼ばれるドラゴンがいるという話を書で読んだ。 鈍く輝く鋼鉄の身体、エメラルドのように煌めく瞳。 聖なるオーラは万人の力をみなぎらせ、鋭い爪に切り裂かれれば一瞬にして命はなく、その息吹に触れた者は跡形もなく消え去るという。」
「な、何だよ急に。」

どんな名前が良いかを聞きたかっただけなのに、と言いたげなルーネスを視線で制す。 この手の話が好きなアルクゥはレフィアとの言い争いを止め興味津々で聞き入っていた。

「竜王の名はバハムート。 ・・・竜王のように強く育つよう少しばかり名前を拝借して、一番懐かれているルーネスから一文字とり、『バハムル』というのはどうだろう?」

私の一言でルーネスはキョトンとアメジストの瞳をしばたき、口の中で「ばはむる、ばはむる・・・」と呟く。 かと思うと顔を綻ばせて、林檎を食べていた子ドラゴンを抱き上げた。

「決まり! お前の名前はバハムル! ほら、イングズが付けてくれたんだぞ! お前もそれでいいよな、バハムル?」

彼の問いかけに心得たと言わんばかりにキュウ〜!と啼く子ドラゴン・・・バハムルが、何処か笑っているように見える。
どうやら私も他の3人と同じで、この短期間に情が移ってしまっていたようだ。
何処かほのぼのとした雰囲気の中、バハムルを膝に乗せたルーネスと顔を見合わせ、微笑みを交わした。




・・・以下は、私もルーネスも知らない、アルクゥとレフィアの会話である。




「・・・」
「・・・」
「・・・ねぇ。」
「・・・うん。」
「・・・あの構図って・・・。」
「・・・やっぱり、レフィアも思った?」
「どっからどう見たって初めての子供に名前を付ける新米のお父さんとお母さんみたいよ。」
「イングズがお父さんで、ルーがお母さん・・・だよねぇ・・・?」
「そうそう、そんな感じ。」
「・・・逞しく育つよ、あの子。」













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ここら辺ですでにお分かりかと思います。 単純明快極まりないというか何というか。 ぐふ。
何だかんだ言いながらもシッカリお父さんしてるグズ兄。 天然夫婦に入り込めないアルとレフィ(笑
次あたりで終わるかな??