バハムルを保護してから早二週間。 情報収集組(ルーネスとレフィアという珍しい組み合わせだ)が、待機およびバハムルの世話組(私とアルクゥ)のいる例の高台に全速力で駆け込んできた。 「なぁなぁ! ここの近くにドラゴンの住む山があるんだって!」 「そこにデッシュって人が向かったそうなんだけど帰って来ないみたいで、サリーナさんが泣いてたの。 何か可哀相じゃない?」 「ドラゴンの住む山ってくらいだから、バハムルの母さんがいるかも知れないぜ!」 「ってことで、ここはひとつ人助けとドラゴン助けだと思って行ってみたいんだけど、どうかしら?」 息も整えぬまま、瞳をキラキラさせて話し出す姿はまるで子犬のよう。 そんな感じで、普段意見が合わない事が多い二人にまくし立てられドラゴンが住むという山に向かうことになった。 ドラゴンの生息地というだけあって人間が入り込んだ様子が全くなく、岩だらけのお世辞にも道とは言えない道を進んでゆく。 あれからまた少し大きくなったバハムルが威嚇しているせいか、魔物との遭遇は少ない。 余計な体力を使わずに行動できるのは大いに助かる。 「バハムル、この辺に見覚えないか?」 『・・・な、んとなく・・・。』 流暢に人の言葉を操るようになったバハムルがルーネスの問いに自信なさげに答える。 だが、感じる何かがあるのか、この山に足を踏み入れた瞬間からそわそわしているのは確かだ。 間違いなく母ドラゴンはここに居る。 私達の誰もが確信した。 「私達のことは気にしなくて良いから、先に進んでも良いのだぞ?」 『でも・・・。』 片膝を付いてバハムルの目線に合わせ優しく声をかけたのだが、消え入りそうな一言を空気に残し翠玉の瞳を不安げに揺らして俯いてしまった。 折角立派な翼があるのだから、いつものように自在に空を翔れば母親だって見つけてくれるだろうに。 上手く言葉を選べない私に助け船を出したのは、現在母親替わりのルーネスだった。 「なぁバハムル。 ホントの母さんに会いたいだろ?」 『えと・・・あいたい、です。』 「お前のホントの母さんだって、お前に会いたいんだぞ。 離ればなれになって随分なるし。」 『・・・ルーかーさま・・・。』 「だからさ、離れてる間にこんなに成長しましたーって、自慢の翼見せてこいよ。 絶対、母さんは見つけてくれるから。」 いつの時代も母は強し。 ルーネスの言葉に勇気づけられたようで、バハムルはスッと顔を上げ目を細めた。 『じゃあ・・・いってきます! かーさま、とーさま、ねーさま、にーさま、きをつけてくださいね!』 「ええ。 バハムルも気をつけるのよ?」 「きっと、お母さんに会えるからね。」 「大丈夫だ。 心配するな。」 「よし、行ってこいバハムル!!」 最後にルーネスが軽くトンと背中を叩いたのを合図に、翼を大きく広げた。 何回か羽ばたくとバハムルの身体が地面から離れ、周りに風が巻き起こりマントやローブの裾をはためかせる。 ゆっくりと私達の頭上を一回りしてから、風を味方に付けて勢いよく山頂へと向かっていった。 その姿が見えなくなるまで空を見つめていた傍らのルーネスが、ほぅと溜息をついた。 「あーあ、行っちまった。」 「・・・そうだな。」 「これで母さんにも会えるだろうし、バハムルとはお別れってことだよな。」 「案外アッサリした子離れだったわねぇ。」 「寂しくないって言ったら嘘になっちまうけどさ。」 「そうだね・・・。 僕はバハムルがちょっと羨ましいかな。」 「アル、言うなって。」 寂しく笑うアルクゥに、ルーネスが苦笑しつつ戯れに小突く。 私達に共通するのは、みなしごだということ。 親代わりの人はいたとしても、本当の親はどこの誰なのかも解らない。 皆、心の何処かでは本当の両親に会うことを夢見ている。 決して叶わないと思いながらも、密かに願い続ける。 バハムルのためと思いながらも、実はバハムルに己の姿を重ねていたのかも知れない。 「・・・次は人助けだな。 デッシュとやらを探そうか。」 重く沈みかけた空気を一新させるように、普段より少しだけ大きな声を出して自分を奮い立たせた。 「・・・なー・・・デッシュってヤツ、本当にこの山に来たのかよ?」 バハムルと別れてから、それまで大人しくしていた魔物どもが現れるようになり、山頂に近付く頃には全員が息を荒げていた。 それなのに、探している男は影も形も見当たらず。 ルーネスがイライラする気持ちが解らなくも無い。 「ったく、女の人泣かせて、わたし達までこんな目に遭わせて! 見つけたら言い訳させないで速攻連れ帰ってやるんだから!!」 目に見えて苛立っているのは何もルーネスだけではない。 彼女も喜怒哀楽が激しい方で、こういう時だけは何故か気が合うようだ。 完全に八つ当たりとも言える事を二人でキーキーと喚いているのをアルクゥと私は呆れ顔で静観する。 なかなか収まりそうにない愚痴大会だが、こんなことをしていてはあっという間に日が暮れてしまう。 「二人とも、それ以上騒いでいても体力の無駄だろう。 先に進・・・ッ!!」 突然、強風が四人の間を通り過ぎた。 飛ばされそうになる帽子を片手で押さえ、両足に力を込めて踏みとどまる。 大地には黒い影が落とされていて。 見上げれば、巨大な爪に捕らわれたルーネスの姿が見えた。 「このっ! 何すんだ! 放せ! はーなーせーよー!!」 「ルーネス!!」 ドラゴン。 今まで行動を共にしていたバハムルとは比べものにならない程の巨体だ。 今までその存在を感じ取れなかったのが不思議なくらいの威圧感。 まさにそれは、王族の威厳。 背筋を、冷たい汗が伝う。 「もしや、竜王バハムート・・・!?」 剣を構える間もなく、再び一陣の風が過ぎると全員がその手の内に捕らわれ、連れ去られてしまった。 「いでッ!」 「くッ・・・!」 「きゃあ!」 「うわっ!」 ドサドサッと乱暴に放り出されたのは、木の枝や草が敷き詰められた巣のような所だった。 空中から投げ出されたわりに掠り傷で済んだのは、これらがクッションの役割をしてくれたからだろう。 「なぁ・・・イングズ・・・後ろのソレ、何だ・・・?」 ルーネスが歯切れ悪く問う。 何が、と言う前に背後からガサゴソと妙な気配と音がして振り向いた。 白い、卵の殻らしき物。 叩くとかなり堅そうな音がする。 下手な壁より頑丈なのではないだろうか。 上の方は割れているようだ。 と、そこからヒョコリと小さな顔が出てきた。 かと思いきや、ホンギャー!と甲高い声で泣き始め、辺りの空気がビリビリと振動し全員が咄嗟に耳を塞ぐ。 「これってドラゴンの赤ちゃん・・・?」 泣きやんだ隙をついてレフィアが呆然と呟く。 言われてみれば鈍く光る銀の身体に小さな翼が折りたたまれている。 今はまだ輪郭が丸みを帯びているが、成長すれば勇ましい姿になるのだろう。 「そーいや初めて会った頃のバハムルに似てないか?」 「あ、僕も思った。 でもバハムルの方が少し大きかったよ。」 呑気に話し込む幼馴染みコンビに頭痛がする。 赤ん坊のドラゴンがここにいるということは、連れ去られた私達はエサじゃないのか。 眉間に皺をよせていたら、人の笑い声が聞こえて一斉に振り向いた。 暗い青の長髪に、耳には金色のピアスが揺れている。 その身のこなしは無駄がなく、剣術を体得していると見て取れた。 唐突に現れた人物は相変わらずケラケラ笑いながら私達の方へ歩み寄ってきた。 「全て見学させてもらったよ。 お前達もドジだねぇ〜! ドラゴンに攫われてザマないな!」 ただでさえ機嫌の悪いところに痛烈な一言。 あからさまにルーネスとレフィアがムッとした顔をする。 第一印象超最悪。 二人の現在の思考はそんな感じだろう。 断じて私ではない。 断じて。 「人のこと笑える立場かよ・・・あんたもドラゴンにやられたんだろ?」 腹の底から絞り出すような低い声でルーネスが呻く。 一応笑顔のようなモノを作ってはいるが、口元は歪んでいるし何より目が全く笑っていない。 レフィアに至っては無言でエアロの詠唱準備に入っている。 それを見たアルクゥが慌てて宥めているが効果は薄いようだ。 指摘された本人の様子は・・・どうやら図星だったようで「え!?」と視線を泳がせていた。 エサ仲間、という事か。 「いやぁ・・・ハハハハハハ! オレはデッシュってんだ。」 「貴方が!?」 ようやく見つけた探し人。 こんなカタチで会う羽目になろうと誰が思ったことだろう。 目を据わらせたレフィアが宣言通り有無を言わさず連れ帰ろうと、デッシュに一歩踏み出した時だった。 影が過ぎ去る。 先程と同じ気配。 竜王だ。 「ゲゲッ!! ドラゴンのお帰りだー! 隠れろ!!」 エサの自覚があるのかデッシュが顔面蒼白で叫ぶ。 遠くに見える黒い影を見据えて、ルーネスが両手に剣を構え迎え撃つ準備をしていた。 「オレが時間稼ぐから、お前らは行け!」 「でも、ルー!」 「いいから行け! 早く!!」 「っおい! 戦おうなんて馬鹿な気起こすなよ! 勝ち目は無いからな! 絶対に逃げるんだ!」 逃げるんだ!と繰り返しデッシュが駆け出す。 器用に巣の合間を縫って姿を眩ませた。 その光景とルーネスの真剣な目を交互に見、彼に何を言っても徒労に終わると悟ったのかアルクゥが微かに頷いてレフィアの手を引く。 そう、こういう時のルーネスは真っ直ぐで折れない。 今まで一緒に過ごした時間で解った事。 短く息を吐き出し、静かに剣を抜いて彼の隣に歩み寄った。 幸い、まだ魔法を使う余裕はある。 「私も残ろう。」 「は!? 何言ってんだ馬鹿! 早くお前も行けよ!!」 「二人の方が足止めになるだろう。 ・・・お前を一人にはさせない。」 「・・・っ・・・か、勝手にしろ!」 会話の終わらぬうちにゴゥと旋風が巻き起こる。 ・・・来た。 今まで遭遇した魔物の殺気など問題にならない。 気を抜くとガクガクと震えそうになる足と手に力を込めた。 傍らに立ったルーネスを横目で見れば、彼も堪えるように歯を食いしばっている。 「行くぞ!」 己を叱咤するように声を張り上げると同時にルーネスが大地を蹴った。 空中に浮かぶ竜王の下を潜り抜け、背後を取る。 それに気を取られている隙に今ある最高位の黒魔法の詠唱を始めた。 「裁きの紫電、悪しき者に制裁を! サンダー!!」 剣の切っ先から目映い光が放たれ、一直線に竜王に向かった。 だが、雷電が翼に当たろうと巨体はビクともしない。 ジロリとこちらを睨み付ける眼光に思わず立ち竦んで。 「がはッ!!」 爪の一撃を辛うじて防いだルーネスが例の卵に打ち付けられるのを、ただ見ているしか出来なかった。 「ルーネス!!」 叫んで、我を取り戻す。 今度は私の方に爪を振り下ろすのを感じ取り、横に身を翻す。 直接攻撃しかしてこないのは赤ん坊を傷つけるのを恐れてか。 えぐり取られた地面を振り返りもせず、持てる力全て使って、地に倒れているルーネスに駆け寄った。 「ルー! ルーネス! しっかりしろ!!」 抱き起こすと彼の手からカランと剣がこぼれ落ちた。 大きな怪我は無いものの、完全に意識が飛んでいる。 逃げ場はない。 彼を庇いながら戦う余裕も無い。 万事休すか。 遙か上空に舞った竜王が私達の方へ急降下してくるのが視界に映る。 せめて、ルーネスだけでも。 意識を失った彼を抱え込んだ、刹那。 キュアアアアァアァァァ・・・!!! 高く響く咆哮が空気を揺るがす。 竜王の動きが、ピタリと止まった。 薄く瞳を開けると太陽を背に雄々しく空に佇むのは、先刻別れた幼いドラゴン。 その闘気は竜王のそれに酷似していて。 竜王から、燃えさかる殺気が消えていった。 「そうか・・・親子だったのだな・・・。」 睦まじく頬を擦り寄せる光景には恐れも何も無かった。 ただ安堵の気持ちだけが湧き起こる。 ああ、ようやく親子が再会出来たのだ。 諸手を挙げて喜ぼうではないか。 キュルル、クゥ・・・と優しい鳴き声が聞こえる。 久方振りの水入らずの会話だろう。 「ほら、ルーネス。 バハムルが、やっと母親と会えたぞ。 お前も目を覚まして、祝ってやれ・・・!」 軽く刺激を与えても覚醒する気配が無い。 地上に降り立ったバハムルが心配そうにルーネスの顔を覗き込んだ。 竜王も我が子の隣に降り立ち私達の様子を窺っていたが、不意に首を伸ばしてルーネスの額に口先を付ける。 ケアルに似た淡い光がルーネスと竜王の身体を包み込むと、瞬く間にルーネスの傷が癒えていく。 「うぅ・・・ん・・・」 眉根を寄せてルーネスが身じろいだ。 瞼が開き、紫水晶の瞳が現れる。 『きがつきましたか、かーさま?』 「・・・ぇ・・・? バハムル・・・?」 私の腕から緩やかに身を起こし、視線を巡らせる。 竜王の姿をとらえた時は一瞬硬直したが、バハムルが傍らにいることから全てを理解したようだ。 良かった、と吐息と共に呟くのを確かに聞いた。 『そなたたちが我が子を守ってくれたのだな。 礼を言う。 そして、知らずに危害を加えて済まなかった。 私の名はバハムート。 そなたら人間には竜族の王と称されている。』 穏やかに語りかける竜王・バハムートからは先程の威圧感は無い。 すっかり親の顔になってしまっている。 『この恩は必ず返す。 時が満ちたら再び此処に来るが良い。』 「お気持ち痛み入る。 竜族の王よ。」 ふと、竜王が私から顔を逸らした。 その先にはルーネスに甘えるバハムルがいた。 すっかり彼に懐いている我が子の姿を愛おしそうに見つめている。 例え短い期間でも、彼は間違いなくバハムルの母だった。 この時が過ぎ去れば会うことは難しいだろう。 それが解っているから存分に甘えているのだ。 暫くして、一度強く頭を擦り寄せてから、名残惜しそうに身体を離した。 翠玉の瞳には、透明な雫が浮かんでいる。 必死に涙を落とさぬよう我慢しているようだ。 『せいちょうして、ははうえにもまけないくらいつよくなって、いつか、かーさまたちのちからになります。 だから、それまで、おげんきで・・・!』 「おう・・・楽しみにしてるからな!」 先に立ち上がり、ルーネスに手を貸す。 彼は私の手を力強く握ると勢いを付けて立ち上がった。 「さてと、アルクゥ達が心配してる。 行くかイングズ!」 「ああ。」 『そなたたちの行く先に光の加護があらんことを・・・!』 竜王を継いだバハムルと再び相見えるのは、まだ見ぬ未来の話――――― |
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ようやっと終わりましたー・・・。 最後何だかグダグダになってしまった感が強いのですが、書きたいトコは書けたので良いです。 ほんのりとグズルーを含ませたつもりが、ほんのりすぎて解らないというオチ(笑 お付き合い下さり有り難う御座いました! 2007/04/19 |