クリスタルから力を授かった私達は今、ジョブというものに就いていた。
ルーネスは先陣を切って敵に飛び込んでゆく戦士に、書物を読んだり知識を得ることが好きなアルクゥは黒魔道師に、レフィアは重要な回復役である白魔道師に、そして私は攻撃サポートどちらもこなせる赤魔道師となっている。
カナーンに辿り着くまでに各々のジョブに多少なりと慣れてはいたのだが、先の戦いを考えると力不足は否めないということで、暫くカナーンを拠点にして実践を積むことに決めた。


そんなある日の、出来事。













「うえぇ、つっかれたー!」

さもウンザリ、と言った様子でルーネスが傍らに武器を置き草むらに仰向けになった。
その隣でレフィアが岩に腰を下ろして息を整えている。 アルクゥが見あたらないが、恐らく近くにあった小さな川へ行って喉を潤しているのではないだろうか。
朝から何体のモンスターと対峙しただろう。 それすら解らないが、昼に差し掛かっているようで陽が天高く昇っている。

「大分動きが良くなってきているな、ルーネス。 太刀筋の荒さを取ればさらに上達すると思うぞ。」
「ホントか!? へへっ、毎朝イングズに練習付き合って貰ってる御陰だな!」

褒めてやるとルーネスが身を起こして顔を輝かせる。 彼は厳しく指導しても伸びるが、褒めることで倍は伸びることが解ったので、実戦後は必ず褒めていた。 その時の嬉しそうな表情を見るのも楽しいと感じる。
最近ではルーネスが弟のように思えてならない。 いや、兄弟というのも少し違う気もするが。

「ねぇ、アルクゥどこまで行ったのかしら。 いくらなんでも遅いと思わない?」

ようやく平常に戻ったらしいレフィアが辺りをキョロキョロと見回しながら言う。 それを見たルーネスは「心配ないって。 アルだって弱いまんまじゃないんだし。」と笑った。 この周辺のモンスターは4人で軽く倒せるくらいにはなっていたが、流石に個人でとなると苦戦は免れないと思う。 ましてやアルクゥは黒魔道師で体力が無い。 それでも大丈夫と言い切るルーネスはアルクゥを心底信頼しているのだろう。 幼馴染みならではの信頼関係を目の当たりにして、張り詰めていた神経がふっと和らぐ。
その時だった。

「うわああぁあぁッ!!!」

平穏な空気が突如切り裂かれた。 それも、今では身近となった人物の声で。

「アル!?」
「「アルクゥ!!?」」

その場にいた3人は同時にその名を呼んで駆け出していた。 示し合わせたわけでもないのに迷いもせず同じ方向に。
少し行ったところで前方に黒い影が見えた。 空を飛んでいる何かと対峙しているようだが、まだハッキリと見えない。

「アルクゥ!!」

一番先頭を走るルーネスが声を張り上げた。 私はそのすぐ後を追いかける。 詠唱準備をしながらだと、どうしても全速力で走れないからだ。

「きゃあぁ!!?」

最後尾のレフィアから悲鳴が上がる。 振り向くと彼女がバグベアーとマンドレイク2体に囲まれていた。 単体でも強敵だが特にマンドレイクは厄介で、その攻撃には即効性の麻痺毒があるため何度も危機に陥った。
軽く舌打ちをしながら立ち止まると、それに気付いたルーネスがこちらを見た。

「ルーネスはアルクゥを! 私とレフィアは後から行く!!」
「了解! そっちは任せたからな!!」

銀の髪をなびかせて颯爽と走っていくルーネスを追いかけたいと思う気持ちを抑え、必死にモンスターの攻撃から身を翻しているレフィアの援護に向かう。

「大丈夫か、レフィア!」
「何とかね! ケアル、あと1回しか使えないから気をつけて!」

言われてから自分も使える魔法の回数が少ないことに気が付いた。 あと2回というところか。

「まずバグベアーを叩くぞ! その後、マンドレイクを炎で一気に片付ける!」
「わかったわ!」

短く作戦を伝え、前方から襲い来る攻撃を双方に跳んで避ける。 素早く受け身を取って体勢を整え、瞬時にバグベアーの懐に潜り込んで斬りつけた。 ルーネスなら一撃で倒せる相手だが、魔法剣士的な立場である私は戦士に一歩及ばず仕留めきれない。
よろめきながらも鋭い爪を振り上げるバグベアーの背後から、レフィアが果敢に杖で殴りつける。 渾身の一撃は効果絶大で、断末魔の雄叫びを上げてモンスターが地に伏せた。
残るは、マンドレイク2体。

「紅蓮の炎、我らに仇なす者を焼き尽くせ! ファイア!!」

弱点である炎の魔法がマンドレイクを包み込む。 容易く1体を葬り、すぐに早口で詠唱し同じように残りの1体も炎で包む。 晴天をも切り裂く咆哮ののち、大きな音を立ててマンドレイクが倒れた。
植物を燃やした時と同じ臭いと、血の臭いが混ざり合って鼻孔に入り込む。 いくら経験を積もうとも、この異臭に慣れる事は無い。

「お疲れ様、イングズ。 怪我は無い?」
「見ての通りだ。 さぁ、早くアルクゥとルーネスを・・・」

ぴくり。
視界の片隅で、黒い固まりが動いた。

「レフィア! 離れろ!!!」

言葉よりも早く身体が動いて、目の前にいたレフィアを半ば突き飛ばすようにしてその場所から遠ざける。 直後、右腕に鋭い痛みが走った。

「ぐっ・・・!」
「イングズ!」

私としたことが油断していた。 ルーネス達を助けなければと、気ばかり焦ってマンドレイクを仕留め損なったのだ。
切り裂かれた右腕からは血が溢れ、もともと赤い服を赤黒く染め上げていく。

「優しき光、我らに恵みを与えんことを! ケアル!!」

淡い光に包まれ、右腕の傷が塞がっていった。 レフィアが最後のケアルを詠唱してくれたようだ。 完全に傷が塞がったのを確認してから剣を握り直そうとした。
だが、両手から剣が離れ、鈍い金属音を発しながら地面に転がった。 マンドレイクの攻撃を受けた時に毒が身体に入り込んだらしく全身が痺れて動かない。
迫るマンドレイク。 レフィアの悲鳴。 激痛を覚悟して両目を閉じ、奥歯をかみしめた。

「裁きの紫電、悪しき者に制裁を! サンダー!!」

目映い閃光がマンドレイクに落ち、その身体が真っ二つに裂け、今度こそマンドレイクが息絶えた。
ふぅ、と息を一つ吐くと毒が和らいできたのか四肢がぎこちなくだが動くようになってきた。
それにしても今の魔法は一体誰が。 その疑問を打ち払うように、三角帽子と黒衣を身につけた少年がひょこりと私の顔を覗き込んだ。

「危機一髪だったねイングズ。」

にこりと笑って手を差し出したのは、ルーネスが助けに向かったはずのアルクゥだった。
この少年がいるということは、ルーネスも無事だと言うことだろう。

「ああ、助かった。 アルクゥも無事だったのだな。 何かに襲われていたようだが・・・」
「それが・・・ちょっと・・・」

アルクゥは困ったように微笑むと、静かに一点を指さした。

「わーった、わーったから落ち着け! 今治してやるから・・・って、暴れんなコラ! うあッ痛ってぇ! 爪ッ! 爪がッ!!」

視線の先には、暴れる何かを抱きかかえているルーネスの姿と、それを心配そうに見守るレフィアがいた。
どうしたのかと近付いてみれば、『何か』の全貌が見え始め。

「お、イングズ? なぁ、最後のポーションどこやったっけ?」

よしよしと『何か』を宥めるルーネスの腕には。
翼に傷を負った、小さくても、それは立派な・・・ドラゴンが、いたのだ。

「・・・ルーネス、何がどうなっている。」
「あー、コイツどうも母さんとはぐれて迷子になったらしくてさ。 そんでもって何かの拍子に怪我しちゃって、すっかりパニックになったところに丁度アルが通りかかったモンだから虐められると勘違いしたんだろ。 ワケもわかんねぇままアルに飛びかかって、ビックリしたアルが叫んでさらにパニックになったってトコかな。」

残っていたポーションを差し出すと、ルーネスはその場に座り手際よく小さなドラゴンの手当をしてやりながら経緯を話し出す。 ポーションは飲んでも傷口に塗りつけても良いシロモノだが、あの味は実を言うと苦手だ。
痛みがひいたようで、バタバタと抵抗していたドラゴンが大人しくなっていた。 つぶらな瞳を瞬かせ、ジッとルーネスを見上げている。

「よーしコレで良いだろ。 ほら、動かしてみろよ。」

優しく頭を撫でられた子ドラゴンは恐る恐るといった様子で翼を羽ばたかせた。 ポーションの効果で跡形もなく傷が消えていたので、難なく動かせるようになったようだ。 キィキィと嬉しそうに啼きながら私達の周りを自在に舞う。
無邪気な姿にホッと胸をなで下ろしていると、子ドラゴンが座ったままのルーネスの正面に降り立ち、彼の頬に顔を擦り寄せて甘え始めた。 ・・・ソレを見て何かモヤモヤしたものを胸の辺りに感じるのだが、何故だろう。
当の本人は満更でもないようで、くすぐったいなと声を上げて笑った。 そう、犬と戯れるように、ごく自然にドラゴンと接しているのだ。 まだ子供とはいえドラゴンはこの世界で最強の部類に属するものなのに。 これには私だけでなく、アルクゥもレフィアも目を見開いて驚いた。 ルーネスは動物に好かれる方だと思っていたが、まさかドラゴンにまで懐かれるとは。
呆然とその光景を見ている私達に気付いたのか、ルーネスが首を傾げる。

「あれ? どうしたんだよ。 コイツ何もしないぜ?」
「あのね、ルー・・・。 ナチュラルにドラゴンと遊ぶ度胸がある人なんてルーくらいだよ・・・。」
「そうかぁ? こうやって見るとドラゴンも可愛いよな! あはは、こら舐めるなって、マジでくすぐってーったら!」
「・・・すっかり懐かれたわね、ルーネス・・・。 どうするの、イングズおにーさん?」
「・・・そこで私に話を振るのか・・・。」

ひとつ、溜息。 どうするもこうするも、問題のドラゴンはルーネスに懐いているのだから彼に判断させるしかあるまい。 きっと彼のこと、母親が見つかるまで連れて行くと言うに決まっている。

「お前、母さんが見つかるまでオレ達と一緒に来るか? 一人じゃ寂しいだろ?」

やはりな・・・。
もうひとつ盛大に溜息をついたら、ドラゴンがキュウ!と元気よく啼いた。






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単に、動物(ドラゴン)に懐かれるルーネスを書いてみたかっただけです(真顔
ついでにグズ兄にヤキモチらしきものを。 これから自覚するでしょう。