56.非日常





「どうしたら一晩でこんなに大きくなるのさぁ…」

昨日までは確かに自分の方が大きかったハズだ。 無理矢理起こし離れて貰った人物を目の前にして、げんなりと溜息をつく。
並んで立つと、ロージーより上に目線がある。 180センチは越えているだろうか。

「成長期かもナ、ヒッヒ。」
「笑ってる場合じゃ無いでしょムヒョ! 成長期にしたって一晩で50センチ以上も伸びないよ!!」

面白そうに笑うムヒョに対して、すでにロージーは半泣き状態だ。 あまりの事に思考がついていかずパニックになっているらしい。

「真面目に、何か心当たりは無いの?」
「そーだな…『アレ』しか思い浮かばねェ」
「『アレ』?」

ムヒョの言う『アレ』とは。
昨日、ロージーが買い物に行って留守にしている間にムヒョの級友であるビコが六氷魔法律事務所を訪れた。
暫く話をしていると『そうだ、これボク特製のクッキーなんだけど、ムヒョ味見してみてよ』とクッキーを2枚ほどムヒョに差し出してきたので、仕方ねぇなと文句を言いながらもムヒョはクッキーを口に放り込んだ。 ソレを見てビコは『明日、ビックリする事が起こるかも知れないから』と言い、用事を思い出したと事務所から退散したのだ。

「じゃあビコさんのクッキーの影響?」
「ヒッヒ、十中八九そうだろーナ。」

原因がわかってしまえば何て事はない。 それにビコの悪戯であれば、そのうち元に戻るだろう。 だが、ロージーにはもう一つ疑問があった。

「でもさぁ、何でまた僕と一緒にソファで寝てたの。 狭かったでしょ。」
「自分のベッドで寝てたらイキナリでかくなっちまって、眠れねェからソファで寝ようと思ったらオメェが寝てたんだ。 丁度良い抱き枕だと思ってナ。」
「だッ、抱き枕って! 同じ大きさのソファがテーブル挟んで向かい側にあるじゃない!!」
「寒かったんだヨ。 毛布持って来んのもメンドーだったからな。 気付かねーで寝てたクセにぐだぐだ言うんじゃねェよ。」
「うぅ…。」

この口の悪い上司に反論しようとしても無駄なこと。 何も言い返せなくなったロージーは拗ねたように口を尖らせる。

「元に戻るまではオメェを見下ろしてやれるゼ。 せいぜい見上げて話すこったな。」

それがトドメの一言になり、ロージーは完全にふくれてしまったのだった。







朝の騒ぎから数時間。 大人なムヒョの外見にも慣れた頃、彼はロージーを外へと連れ出した。
理由は至って単純明快。 昼飯を外で食べたかったから。
その決定に逆らえるはずもない。 ムヒョが『いつもの格好で良い』と言うので、大人しく魔法律家のユニフォームであるサスペンダーを着用した。 無論そう言った本人も執行人の制服を纏っている。
実は、ムヒョのベッド横にひっそりと置かれていた紙袋の中にサスペンダー・シャツ・スラックス等々大きくなったムヒョに合わせた制服一式が入っていたのだ。 恐らくビコが用意したのだろう。 それにしても周到なことだ。 ムヒョがここまで大きくなることを見越していたのか、この大きさまで成長するように薬を調合していたのか定かではないのだが。

(何だか、格好良いなぁムヒョ…。)

隣を歩く彼を横目に ― それでは足りないので上目遣いもしてみた ― こそりと盗み見つつ、ゆったりと歩いていく。
いつもならロージーがムヒョに合わせて歩くのだが、今はムヒョの方がコンパスが大きいためロージーに速度を合わせていた。
他愛のない会話をしながら向かった先は、月に何回か訪れている大手ショッピングセンター。 食品は勿論のこと、衣料品・家具・飲食店・ペットショップ・ゲームセンターその他諸々、実に多種多様なテナントがあるのだ。 ここならば食事を終えたあと日用品や食材などを購入出来る。 昼食を食べる前から夕食を何にしようか、などと考えていたロージーだったが。

「う、わ…!?」

ショッピングセンターへ辿り着き、駐車場の混み具合からそれなりの客数であることは覚悟していたが、予想を遙かに上回る人の多さに愕然とした。
そう、すっかり失念していたが今日は全国的に休日である日曜日。 家族連れやカップル、学生などのグループで広い店内がほぼ埋め尽くされている状態だったのだ。 一体何処からこんなに湧いて来たのか。

「ねぇムヒョ。 ここって今日イベントか何かやってたっけ?」
「知るか。 …いや、確かどでかい広告が入ってたナ。 オメェの横に貼ってあるだろ。」
「え?」

ロージーが言われたとおり自分の横を見てみると、A1版強程の大きさの広告が壁に陣取っていた。 しかし、それに掲載されているのは食料品と日用品、直営の衣料品専門店程度。 他のテナントについてはそれぞれ別の広告になっているようだ。 飲食店に至ってはリストが小冊子形式になっており、各店のオススメが写真付きで紹介されている。
どうやら今日は此処の誕生祭(丁度10周年らしい)で、集客にもってこいの日曜日に集中して目玉商品を出しているようだった。 入口から一番近い食品コーナーなど、商品陳列しようとしている店員が身動き出来ずにオロオロしている。

「ど、どうしようムヒョ〜! こんな状態だったらレストラン街とかも混んでるよ? 何処か違うお店に…」

今にも泣き出しそうな声で訴えるロージーの言葉は途中で遮られた。 ムヒョが無言で彼の腕を引いて店内を進んでいく。
ロージーは全く免疫のないムヒョの行動にどう反応して良いのか解らない。 ただ、掴まれた手がとても熱い。

「行ってみねェとわかんねーだろうが。 手ェ放すんじゃねェぞ。 これだけ混んでるとこだとオメェは鈍くせーから迷子になるゼ?」

ヒッヒ、と余裕の笑みを浮かべながら自分を見るムヒョにドキリとしながら、ロージーは彼に導かれるままに歩を進めた。
何処でも良いから食事の出来る場所が空いていますように、と心の中で祈りながら。





以前からチェックをしていた安くて美味しいと評判のイタリア料理の店が運良く空いていて、迷わずそこに決めた。 そんなに待たされる事無く席に案内され、豊富なメニューの中からお互い一品ずつ選び注文する。 運ばれてきた料理は噂に違わず美味で、来た甲斐があったと充分に満足させてくれたのだった。

食事を終えた頃には少しピークが過ぎていたようで、多少なりと混んでいるものの落ち着いて買い物出来ない程では無くなっていた。 雑貨を物色し、昼食をとったばかりで夕食の献立なんか浮かばないと渋るムヒョをロージーが宥めながら、食品売り場で買い物をする。
全ての買い物が終わってみれば、大きな袋が三つ。 誕生祭だけあり全体的に値段が下げられていたので、ついつい買いすぎてしまったのだ。 それでも予算内で済ませるロージーは流石といったところか。
ロージーがいつものように買い物袋を両手に提げようとすると、それまで手を出さなかったムヒョが何も言わずに袋を持った。 またしても思いがけない行動にロージーは目を見開く。

「フン、でかくなっただけあってそれなりに力もあるみてェだ。 いつもオメェ一人に持たせてたんじゃ後味悪ぃからナ。」
「…………………」
「どうした。 帰るぞ。」
「どうしたもこうしたも……あ、待ってよムヒョ! 僕も持つってば〜!」


先に歩き出してしまったムヒョを慌てて追いかけるのに必死だったロージーは気付かなかった。






彼の耳が、ほんの少しだけ赤く染まっていたのを。






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『01.こんな始まり方』の続きです。
10周年とかイタリア料理とか、何やらリボーン関連の単語なんぞも出てきてますが気にせずに(爆
大人ムヒョとお買い物、というのが書きたかったのです。

商品陳列しようとして身動き取れない店員、の部分は実話です(笑

そしてさらに『70.一緒にいよう』に続きます………多分次で最終話;