70.一緒にいよう



「何でムヒョが僕のベッドで横になってるのさぁ〜!」

ムヒョの後に風呂に入り、戻ってきてみれば自分の寝台が占領されている。 事務所に居なかったので何処へ行ったのだろうと思っていた矢先にこれだ。
不法侵入者はロージーの叫びを無視し、彼が眠る予定だった場所で寝転がりながら悠々とジャビンを読んでいる。

「ちょっと、聞いてるムヒョ!?」
「ウルセーな。 オレが自分のベッドで寝られる状態じゃねェのがわからんのか。」
「…そーいえば、そうでした…。」

夜になると完全に慣れてしまっていたが、元の彼はこの大きさでは無かったのだ。 いつもムヒョが寝ているベッドは、彼の身長に合わせて設計されていたため、この姿では眠れるわけがない。

「じゃあ僕はソファで…」
「待て。」

ムヒョは回れ右をしてベッドから離れようとしたロージーの腰に腕を回して引き留めた。
怪訝そうに首を傾げるロージーに向かって、彼はとんでもない事を言い出したのだ。

「オメェも此処で寝りゃ良いだろうが。」と。







(こ、こんな状態で、どうやって寝ろって言うの〜!!!)

精一杯拒否したものの、やっぱりムヒョに敵うハズもなく。
今は二人並んでロージーのベッドに身を横たえていた。
あまりの恥ずかしさに背中合わせになっているのだが、ドクドクと心臓の脈打つ音がやけに煩くてムヒョに聞こえているのではないかと心配になる。
背中越しに聞こえてくる、規則正しい呼吸。 微かに伝わる体温。 ムヒョが此処にいるという、証。

(い、今なら抜け出しても大丈夫…かな)

緊張してしまって睡眠どころではない。 このままだと朝まで一睡も出来ずに過ごすことになるだろう。 早起きをして朝食の準備をしなければならないロージーにとって、それは拷問に近い。
そろり、布団に手をかけて。 静かに起きあがろうとした、その時だった。

「…ドコ行くんだテメェ。」
「ム、ヒョ…!?」

いつの間にかこちら側に向き直っていたムヒョに、後ろから抱き締められる。 そして、彼の腕にすっぽりと収まってしまうと先程よりもさらに早く心臓が鐘を打ち鳴らす。
一気に硬直してしまったロージーの、クセのある髪に顔を埋めて深呼吸すると、石鹸の良い香りがムヒョの鼻孔をくすぐっていく。
とく、とく、とく。 暗闇の中、お互いの心音が交差する。 他の音は聞こえない。 ただ、生きている音が聞こえる。

「……何処にも行くな。」
「ムヒョ…」
「何処にも、行くんじゃねェ。 良いナ。」
「…うん…一緒に、居るよ…。」




命令口調は隠れ蓑。 言葉の中に切なる願いが込められて。



とく、とく、とく。 心音がもっと近くなるように。


ロージーはムヒョに向き直り、その背に腕を回した。








「…オイ、ロージー起きろ。」
「………ふぇ?」

気が付けば、ロージーのベッドで寝ているのは持ち主たる彼ひとり。 意識がまだ半分夢の中で彷徨っているロージーの目の前にムヒョが姿を現す。

「いつまで寝てやがる。 腹減った。」
「わっ、ゴメンね! 今起きて支度するから待って!!」

腹減った、の一言でベッドの温もりを惜しむことなく飛び起きる。 先に部屋から出ようとするムヒョの背を見て、ロージーは違和感を覚えた。
小さい。 昨日から比べると、全くもって話にならないくらい縮んでいる。
ブンブンと頭を左右に振り目を両手で擦ってみても大きなムヒョは居なかった。

「ムヒョぉ! 元に戻ったの!?」
「今頃気付いたかアホめ。 起きたらこの姿だ。 長引かねェで良かったゼ、ったく。」

呆れたように鼻で笑うムヒョの瞳は何処か照れているようで、そわそわと視線を移している。 真意の程をくみ取れないロージーは小首を傾げていたのだが。

「あ、ムヒョ元に戻っちゃったんだ。 残念。」

突如聞こえた第三者の声にムヒョ共々素早い反応を見せ、二人同時に声の発信源を視界にとらえた。
いつの間にか開いていたロージーの自室の扉からヒョコッと顔を見せたのは、ムヒョの同級生であり今回の事件の発端者。

「ビコ!」
「ビコさん!」
「やぁ。 どうだった、大きくなったムヒョは。」

ポーカーフェイスを崩さず、あっけらかんとして感想を尋ねてくるビコにロージーは盛大な溜息をつき、ムヒョは周りが凍り付くかのような眼差しを送ったのだが、本人は『そんなもの何処吹く風』よろしく綺麗に流してくれたのだった。









余談。
ムヒョ大人化騒動の数日後、何も知らない火向裁判官がビコのクッキーを食べた翌日、幼子の姿になっているのに気付かぬまま職場へ出かけ、またも騒動が起きたとか。






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『56.非日常』の続き。 やっと終わりました。 強引な終わらせ方です。。。 面目ない。
微妙に『38.目が覚めたら』がリンクしてる様子。 一緒に居て、と素直に言えない六氷サマ(笑

どうやら後ろからぎゅーっとさせるのが好きみたいです、ワタクシ。